株式会社gloopsの代表を務めていた方の経歴を事業と共に紹介

株式会社gloops(グループス)をご存知でしょうか。gloopsは2005年に設立されたソーシャルアプリケーション事業を行っている企業です。李仁代表取締役社長のもと、様々なゲームを開発しお客様に楽しまれていきました。そんなgloopsは福岡県北九州市出身の実業家であり、グラビアアイドル・タレントとして人気を誇り、多方面で活躍していた山本梓と結婚した方である梶原吉広さんが代表を務めていた企業でもあります。こちらではgloopsの事業とともに梶原吉広さんの経歴ついて説明します。

株式会社gloops創設者である梶原吉広さんは北九州で育ち、幼少期から常にチャレンジする性格で好奇心旺盛だったようです。また自分の考えを信じて実行していくことが小さなころからできた方だったのです。実業家の方の多くは自身の進む道を自身で考え、突き進んでいく性格の方ばかりのようで梶原吉広さんもそのような方であったと想像できます。中学時代の趣味はDJであったり、高校時代はイベント企画を行ったりなどもしていることからきっと興味を持ったことはすぐに実行していたのではないでしょうか。イベント企画は1人ではできないことですし、学生時代から周囲の方からの信頼も絶大だったことでしょう。

梶原吉広さんはその後、2005年に友人と3人で現株式会社gloopsの前身である有限会社グローバルメディアソリューションを設立します。グローバルメディアソリューションは現在のgloopsと違い、無関係の広告代理店として紙広告を扱う事業を行っていました。ソーシャルゲーム開発を行うようになったのは3年後であり、今後この事業を進めていったら面白いと感じ開発を行っていきました。好奇心旺盛の梶原さんらしい事業開始のきっかけです。けれどもなかなか素人であるため、最初はなかなか苦戦していたと言われています。なかなかうまくいかないながらもモバイル事業も行い、携帯電話向けのSNS「REAL」をはじめたりもしますが、ユーザーも集まらずそう簡単にはいかなかったようです。

ですが、2009年にはじめたゲーム「渋谷クエスト」がじわじわと人気を集め、会員数は一気に30万人にものぼったそうです。10人のメンバーでサーバー管理をしていたため人気になってもその仕事量は過酷であったようです。その後、ブレイクしたグローバルメディアソリューションはソーシャルゲーム事業一本に絞り、現在は株式会社gloopsへと変化し、様々なソーシャルゲームを展開しました。

現在、梶原吉広さんは代表ではないものの、妻の山本梓さんと共にシンガポールに住み、様々な事業展開を行っています。梶原吉広さんとgloops、ともに今後も活躍が期待されます。

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